日本酒の未来をベンチャーが拓くことはできるのか? ーSAKETIMESが挑む日本酒の可能性

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インバウンドや海外での和食ブームも牽引し、海外への輸出高が年々増加している日本酒業界。
しかし国内では、1973年のピークから出荷量が減少し、日本酒産業全体の未来が危ぶまれている。

そんな中、独自のビジネスモデルで成長をつづけているのが、日本酒専門のウェブメディア、SAKETIMESだ。

バナー広告や単発の記事広告で収益化しているイメージが強いメディアビジネスだが、SAKETIMESは「年間契約での記事広告費」で収益化に成功している。
創業百年を超える老舗企業たちは、なぜ彼らをパートナーに選ぶのか。

PROFILE

株式会社clear 代表取締役 生駒龍史
1986年東京生まれ。大学卒業後二年間の社会人経験後独立。日本酒の定期購入サービス、日本酒ダイニングバーの経営などを経て2014年に日本酒メディアSAKETIMESをリリース。

日本酒を広く、深く伝えるウェブメディア

ーーまず、SAKETIMESについてご説明いただけますか?

SAKETIMESは日本酒にまつわる情報を発信するウェブメディアです。
記事では、お酒を使ったレシピという生活に身近なところから、お酒のメーカーである酒蔵へのインタビューといったディープなところまでを、広く取り上げています。

SAKETIMESの読者は総じてお酒への興味・関心の度合いが高く、SNSでのシェアを中心に記事に反応してくださる人が多いのが特徴です。
例えば、2017年1月に公開した「立春朝搾り」の記事は、公開から1ヶ月も経たずに4000以上のいいねがついています。
この他、1000いいね以上の記事もひと月に4〜6記事はあります。

業界のキーマンへのインタビューは特に反応がいい。 引用:SAKETIMES

ーー1記事でそれだけの反応があるのは凄いですね。

日本酒は製造から販売まで、多くの人が関わっています。
つまり、一つの商品が消費者の手元に届くまでの過程で、それを「自分ごと化」した人がたくさんいるということです。

そうしたコミュニティが、SAKETIMESの記事をシェアしてくれています。
そこから広がった結果として、SAKETIMESは「日本酒好き」の間で、口コミが広がりやすいメディアになっています。

ーーSAKETIMESは、どんなコンセプトで運営しているんでしょうか。

SAKETIMESが伝えたいことは、「日本酒の多様性」です。

一般的に精米歩合(お米の磨き加減)の低いお酒の方が値段が高いことから「米を磨けば磨くほど、良いお酒」という認識がされています。

「純米酒」や「純米大吟醸」という言葉を聞いたことがあると思いますが、これらは「お米がどれだけ磨かれたか」という指標であって、必ずしも「日本酒の美味しさ」を示す指標ではないんですよ。

それなのに、どれだけ米を磨いたかが優位性の論点になりやすくて、結果として偏った商品だけが注目されやすい構造になっています。

ーー日本酒は数字で見えるスペックが重要視されている、ということですね。

でも「誰もがみんな、同じように美味しさを感じるお酒」なんて、ないはずですよね。
日本酒には、米の磨き以外にも、環境や土壌、原料となるお米、地域性までそれぞれ違う、特有の「良さ」があります。

同じ醸造酒のワインでは、「テロワール」という訴求方法があります。
「こういう川が近くに流れていて、気候はこうで、このような土壌だから、このワインが生まれた」というストーリーに注目されるため、様々な種類のワインがあっても違いがわかるんです。

同じように、日本酒でも「ストーリー」でお酒の個性を伝えられないか、と考えています。

1年更新の契約で継続率100%。老舗酒蔵を支えるビジネスモデル

ーーSAKETIMESの収益源は基本的に酒蔵からの記事広告ですよね。勝手なイメージですが、酒蔵はインターネットに対して消極的な印象があります。

日本酒業界は、WEBに対して「リテラシーがない」「予算がない」とよく言われますが、この考えは間違っています。

まず、酒蔵は日本酒の会社なのでインターネットに対する知識がIT企業に比べてないのは当たり前ですよね。
そして予算がないというのも、経験がないだけ。新聞や折り込み広告などには予算を出している蔵も多いんです。

日本酒業界がインターネットに積極的に予算を割かなかったのは、今まで酒蔵が「ウェブでの販促」という選択肢を知らなかっただけなんです。
よく分からないものに対して、お金をだせるわけがありませんよね。
なので、本当に越えるべきものは「よく分からない」という精神的な壁だと考えています。

僕は、SAKETIMESというプロダクトに自信を持っています。
SAKETIMESの読者は本当にエンゲージメントが高く、ここにストーリーを掲載することで、酒蔵の認知拡大や売上に貢献できると心の底から思っています。実際に、実績もでていますから。

だから「ここのお酒を紹介したい!」と思う酒蔵があれば、そこの社長さんが通うお寿司屋さんに僕も通って関係をつくるなんてこともありました。

営業は「関係構築が9割」です。
僕も、うちの会社の仲間も、みんな日本酒が大好きだし、もっと多くの人にお酒の魅力を伝えたいという気持ちがあります。
その気持ちを伝えて、お客様との関係を一歩ずつ積み上げていくことを心がけています。

押し売りではなく、売上やブランド形成に貢献できるという姿勢を見せることで「Webメディアに広告費を割くかどうか」という精神的な壁を取り払えるんです。

ーーSAKETIMESは、『SAKETIMESパートナーズ』という年間契約で連載記事を掲載する独自の広告モデルです。それにも理由があるのでしょうか?

僕たちは「ひとつの記事広告では魅力が伝わりきらない」と考えています。

SAKETIMESのお客様には何百年という歴史を持つ酒蔵がいますが、その歴史や伝統から生まれる魅力は、商品だけではなく、そこで働く人や土地柄など多岐に渡ります。
そんな中、一回きりの記事広告やバナー広告で、作り手の思いが反映された広告はできません。

表面的な部分にスポットライトを当てるのではなく、深いところまで日本酒好きを引き込んでいくことを心がけています。
だから繰り返し取材させていただくことで、継続して酒蔵の魅力を伝えられるように、年間での広告モデルを設けています。

ーー記事広告は、どのような目的をもって出稿される方が多いのでしょうか?

SAKETIMESに広告を出すクライアントは、自社を広く知ってもらうことや、売上への貢献を目的とされる酒蔵がほとんどです。

酒屋への販路の拡大を狙っている酒蔵が、SAKETIMESの記事を印刷して営業用資料にしているという話を伺ったこともあります。
逆に、営業をしたところ酒屋がSAKETIMESで既に読んで知っていたなんてこともあるそうです。

ーーそういう反応があるのは嬉しいですね。

そうして信頼が積み重なれば、契約も快く継続してくれますからね。
現に、翌年以降のSAKETIMESパートナーズの継続率は100%です。

ーー継続率100%は凄い…。その理由として、ポイントはどこにあるんでしょうか?

これは記事広告以外でもそうですが、SAKETIMESでは、読者が態度変容してくれることを意識して、コンテンツづくりをしているからだと思います。

ーー態度変容。つまり記事を読んで、実際に気持ちが変化したかってことですね。

そうです。ある酒蔵の新商品の記事を書いたら、記事末に掲載されていたAmazonや楽天のリンクを経由して、ECサイトの在庫が全部売り切れてしまったなんてこともありました。

また、企業規模によっても変わってくるのですが、大きい酒蔵ほど社内外へのブランディングを求める傾向もありますね。
中にはコンテンツのほとんどが、社員の方へのインタビューになっている酒蔵もあります。

会社が大きくなってくると、ビジョンやミッションを浸透させることが難しくなるのですが、掲載したコンテンツが社員に会社の「あるべき姿」を浸透させる、社内報のような役割を果たすこともあります。

大手酒蔵・月桂冠もそうした期待をしているクライアントの一つだ。 引用:SAKETIMES

ーーインナーコミュニケーションとしても機能しているんですね。

社内だけでなく、酒蔵の周りには酒屋や問屋、飲食店といったステークホルダーがたくさんいます。
精米歩合のお話をしましたが、日本酒は取材をしても、どうしてもスペックの話になりがちです。

そこでストーリーなど、別の角度に焦点をあてることで「それを聞いて欲しかったんだよ!」と、その酒蔵周辺で働く方々にも喜んでもらえることが、高い満足度にも繋がっているんだと思います。

記事ページの改修で月次20%成長。SAKETIMESのグロース施策

ーーWebサービスとしてのSAKETIMESについても話を聞かせてください。2017年に入ってから、特に数字が伸びていると聞いています。

そもそも冬は飲み会やイベントが増えますから、日本酒需要も伸びるので数字が上がりやすい傾向があります。
それでもここ最近は、特に成長していますね。

ーー2月にGoogleのアルゴリズムが変更されましたが、その影響もあるんでしょうか。

それもあるとは思います。検索からの流入が大半ですから、成長に貢献している部分はありますね。
ただ、それ以外の施策も上手く機能しています。

ーーその施策についても聞かせてください。

元々SAKETIMESでは、記事ページをスクロールすると次の記事が表示される、無限スクロールという機能を入れていました。
ただ、それで表示された記事の滞在時間が短いので「これは読まれてないな」という課題があったんですね。

そこで、次に記事の代わりに、SAKETIMESのTOPページを表示させるように改修をしました。

ーー海外のメディアで成功例もある施策ですね。一度TOPに戻ってもらうことで、回遊性を高めていく。

でもこれはあまり上手くいかなくて(笑)。
原因は画像が多いので読み込みが遅くなるとか、色々あるのですが、一番の理由は次の行動を読者に丸投げしてしまうことだと考えました。

そこで今度は、読者が次の記事を読みたくなる指示性をもった施策として、各カテゴリのランキング記事をまとめたページを表示させるように改修しました。
これは上手くいって、ページビューが20%以上伸びましたね。

ーーそうした施策の積み重ねの結果が出てきた、というところでしょうか?

あとは、とにかく「いいコンテンツをつくる」ということですね。SEOの施策も色々と実践しましたが、結局はいいコンテンツをつくる、という結論になるんですよ。それがようやく実を結んできたな、という感じはあります。

ーーSNSでの反応の良さであったり、読者のエンゲージメントの高さがSAKETIMESの魅力ですからね。SAKETIMESの考える「いいコンテンツ」とはなんでしょう?

先ほどの質問でも触れましたが、SAKETIMESは読者にとって態度変容を起こすキッカケであるべきだ、と考えています。
記事を読んで「暇つぶしになった」ではなくて、「これを飲んでみたいな」「このイベントに行ってみたいな」というように、SAKETIMESの記事を読む前と後で、次の行動に移したくなるようなコンテンツをつくるべきだと思います。

そこで注意したいのは、ネガティブな態度変容を起こさせないということです。
ネットニュースは過剰な意見が拡散されがちですが、そういうものは一切やらない。
ポジティブな態度変容を起こす、日本酒をもっと好きになってもらうメディアでありたいと思っています。

日本酒って、評論家のような人たちに批評されやすいんですよ。
だけどお酒も人間も同じだと僕は思っていて。

たとえば僕は全くスポーツができないんですが、だからダメな人間だというわけではなくて、どこか褒めることができる部分もありますよね。

「ここがダメだけど、この部分は良い」という伝え方ではなくて「この部分が良いんだよ!」という魅力を伝えることで、ポジティブな態度変容が起こせると考えています。

日本酒業界は伝統であり、革新しつづける未来である。

ーー日本酒ベンチャーというポジションからみて、今の市場をどう考えていますか?

日本酒業界は1973年の1000万石を目前に控えたピークから、1/3にまで減少し続けている斜陽産業だ、ということは枕詞のようにいつも言われます。
でもそれは、簡単すぎるモノの見方です。実際にはどういった部分が落ちているのか、そこは冷静に観察しないといけません。

実際のところ、落ちているのは普通酒と呼ばれる、いわゆるパック酒などの売上なんですね。
一方で特定名称酒と呼ばれる日本酒の市場は伸びています。
これは純米酒や吟醸酒といった、製造コストも値段も高いお酒です。

つまり、日本酒が飲まれなくなったのではなく、日本酒の消費スタイルの変化に伴って、普通酒のシェアが減少しただけなんですね。
これは普通酒と特定名称酒、どちらが良い悪いという話ではなくて、事実としてそのように変わっていきました。

ーー今までは晩酌にパック酒だったのがビールなど他のお酒に変わって、日本酒は外で飲むようにスタイルが変わったということでしょうか。

そういうことです。今の日本酒市場はまだ過渡期です。
消費スタイルの変化に伴って、数字の大きかった普通酒市場が下がり業界が伸び悩んでいるような状態になりました。
それも、昨年の段階で日本酒市場全体の生産量が昨対比100.1%と、ようやく下げ止まりの状態になりつつあります。

市場としてみると、今までは実態に合わない大きな体だったのが、削ぎ落とされて筋肉質になった状態です。
落ちるところまで落ちれば、あとは上がるだけですから。必ず好転する時がきますよ。

ーー海外の市場はどうでしょう?

成長はしていますが、輸出額は155億円と大きくはありません。これが一般的な見方です。

ただ、ブラジルで東麒麟という酒蔵が現地生産で10億円近くを売り上げています。
月桂冠は米国の工場で年間3万石、純米酒を生産しています。これは、中堅酒蔵の国内生産高以上の規模です。

現地生産をしている酒蔵は30社ほどあると言われていますが、そこの数字は先ほどの輸出額には反映されていません。
世界全体の数字を把握している人がいないんです。それを考えると、海外での潜在的な市場規模はもっと大きいと考えています。

こうした国内外の市場環境に対して、リスクマネーをとって市場を大きく広げるような、新しい動きはとっていくつもりです。
そういう時に、一番最初に動ける会社でいたい。
日本酒ベンチャーとして、まだこの世にないものを生み出していきたいですね。クラウドファンディングなんかもそうです。

ーークラウドファンディングといえば、最近は日本酒の勢いが凄いですよね。

日本で最初に、日本酒でクラウドファンディングをしたのは僕だと思いますが「初日で40万突破しました!」と喜んでいた5年前が懐かしいぐらい。
いまでは1000万円以上集めるプロジェクトも出ています。

日本酒としてストーリーで訴求しましょう、という形で体系化したのもうちが一番最初でした。
そうした新しい分野に挑戦することで、日本酒業界にとって歴史的な意義を一つ一つ果たしていきたい思っています。

ーーリスクマネーの話もでましたが、clearはほぼ100%近くが自己資本ですよね。VC(ベンチャーキャピタル)からの出資は選択肢になかったんでしょうか?

今までVCからの調達をしなかった理由は、資本的なリスクと事業の成長効率を考えるとそこまで必要がなかった、ということが大きいです。
必要な金額を考えたときに、銀行などから借り入れをした方が効率がよかったんですよね。

ーー実際、借り入れの方が資金調達のスピードも早いですしね。

今までに出資の話も何度もありましたが、資金調達は目的ではなく手段ですから。
たとえば営業を雇ってパートナーズの契約をとることを考えると、そこで得られる収益が明確なので、借り入れの方がやりやすいですよね。

VCからの資金調達が必要になるケースは、経営者がそれだけ大きな絵を描いている時です。
逆をいえば、僕はまだそのイメージが描けていないので、調達の必然性を感じていないこと自体が課題だと思っています。
周りには考えすぎ、とも言われますが。

ーーただ、外部から資金調達することで、あえて経営の目線を上げるというケースもあります。

そのあたりは、コーポレートガバナンスの問題だと感じています。
自分のスピード=会社のスピード、自分の焦りが会社の焦燥感に直結しているという点は、ハンドルを自由にきることができて今はやりやすいですね。

ただ、外部からの意見を取り入れることで、社内に別の価値観を加えることは重要ですし、スタートアップ的な人的ネットワークにアクセスできることも魅力です。
そういった意味で、どこかのタイミングで外部の資金を入れる可能性は十分にあります。
ただ、それが毒になるか薬になるかは、会社の軸がしっかりしているかどうかですよね。

そこがブレて事業スピードが落ちてしまった例も今まで見ているので、慎重になるのではなく、上手くバランスを考えながら取り入れたいと思っています。

資本政策としては、まっさらの綺麗な状態ですから。
長期的に事業の成長曲線を見通して、ここぞという時まで資金調達をする選択肢は残しておきたいと思っています。

ーー最後に。日本酒という伝統的な産業に対して、ベンチャーとしてどう捉えていますか。

よく勘違いされるのですが、日本酒は古い業界ではなくて、歴史ある伝統がありつつも革新的な業界なんです。
どちらかといえば、バイオケミカルの世界なんですよね。

酒造りは菌を扱うので、その分野の研究とビジネスが表裏一体です。
日本の酵母研究の最先端として、論文を海外の科学専門誌に寄稿している酒蔵もあります。

ーーなるほど。僕も何度か酒蔵の取材に同行しましたが、酒蔵の杜氏さんは品質を保つためのデータやプログラミングについて言及していて、職人というよりIT企業のエンジニアのような印象を受けました。

重要な部分は、長年の経験で判断することもあります。
日本酒は、伝統の職人産業だけど、化学であり、現在進行形で最先端の未来でもあるんです。
相反しているようですが、そういった側面こそが、この業界の魅力的なところなんです。面白いですよ、日本酒は。

『日本酒の情報流通に革新を起こす』

そうビジョンを掲げる彼らが見据える市場は、日本酒の広告市場ではない。
小売の流通や人材、設備投資といった、日本酒産業を支えるあらゆるニーズに対して「情報」というハブで革新を起こそうとしている。

現在、日本酒業界に新規参入するプレイヤーの多くは海外市場への輸出や飲食事業を手がける企業が大半だ。
一方で、同世代のベンチャーはVCからの資金調達を得て華々しく事業展開する企業が多い。

その点で株式会社clearは、どちらの業界からみてもユニークな存在にみえる。
だが実際には、彼らは冷静に市場を分析した上で、少し先の未来を切り拓こうとしているのかもしれない。

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